こんにちは、なめくじです。
皆さんは太陽公園って行ったことありますか?
兵庫の観光スポット・珍スポットとして有名な太陽公園ですが、行ったことがある人は意外と多くないのではないかと思います。
2025年2月、夫婦で車中泊ついでにたまたま観光したらめちゃくちゃ面白かったので本記事でレビューしてみたいと思います。
なめくじが面白がっているポイントは他のブロガーの方のそれとは全然違うので、ある意味参考になるのではないかと思います。
ぜひどうぞ。
太陽公園についておさらい
太陽公園は1992年にオープンした「石」と「城」の2つのエリアからなるテーマパークです。

有名なのは兵馬俑の再現と白鳥城ですね
あまりに巨大な施設のため箱物行政の残骸(第三セクター)かと思いきや、設立と運営は社会福祉法人である太陽グループ単独です。
城下町と自称するように園内には複数の福祉施設が併設され、また太陽公園内では施設の障害者や職員であろうと推察される方も働かれています。
一般の入園料は¥1,500で、wikipediaによれば、収入は障害者への給与等に充てられているとのことです。
太陽公園のレビュー
いざ入園
太陽公園に我々が向かったのは2025年2月祝日のことです。
寒さとアクセスの悪さからして、「ガラガラだろう」だろうと踏んでいましたが、到着すると意外や意外、人がいます。
もちろん人気のテーマパークのようなレベルではないですが、広い敷地の中で常に周りに誰かがいるという状況は正直言って驚きでした。
駐車場に車を停めて最初に見えてくるのは白鳥城の威容。


1企業が作ったとは思えません
導かれるように城エリアのほうに向かっていきますが、入り口ゲート近くには何やら「太陽」「愛の象徴」などと書かれた濃そうな石碑があります。
何気なく石碑の裏に回ってみると、(まともに見える場所じゃないのに)創始者である門口堅蔵氏の荒々しい情熱が刻まれており、「おっ、なかなかだね」という感想を持ちます。

気を取り直して進むと、それなりにお金をかけただろうに今は埃を被っている謎の建物群(※)がお出迎え。

混沌の予感を持ちつつも受付施設に入ると、中にはレストランやお土産ショップそしてなぜかミニゲーセンコーナーがあり、奥に進むとモノレールへ乗れるようになっています。
ちなみにお土産ショップでは、白鷺城とも称される「姫 路 城」と刺繍されたキャップも売っており、思わず「そこは白鳥城ちゃうんかい!」と笑ってしまいました。
NPCのようなスタッフさんから自動券売機の場所を教えてもらいつつ、二人分のチケットを購入しモノレールで白鳥城へと向かいます。。
モノレール内部も興味深く、いかにも古く黄ばんだ天井のエアコン周りには比較的新しい埋め込みエアコンが増設されています。
「あっ、壊れても取り替えじゃなくて増設しちゃうんだ」と思いながら、ふと前を向くと眼下に広がるのは日光に燦々と照らされた墓地。


趣きしかないです
なめくじの期待度はすでに鰻登りになりつつ、ものの数分で降り口へと到着。
興奮さめやらぬまま白鳥城へ続く短い坂道を登っていきます。
途中にある小さい男女の銅像が何なのか気になってる内に城の入り口へと到着しますが、脇にはドイツ連邦共和国総領事と恭しく刻まれた石碑があります。

この時点で何かを掴んできたなめくじはGoogleレンズで翻訳を試みたところ、上部のドイツ語はイメル・ヤング総領事からの「オープンおめでとう!成功するといいね」というメッセージでした。
なんてことの無い内容ですが、なぜただの企業がドイツ総領事からメッセージを貰えるのか、これにも違和感を覚えます。
白鳥城
白鳥城はドイツにある古城をモチーフ(本家も白鳥城と呼ばれている)として建造され、過去にはドラマ等のロケに使われたり、コスプレの撮影スポットとしても人気を博したようです。
日本の湿潤な気候によりやや汚れやカビが目立つものの、「よくこんな巨大な建物を作ったな」という新鮮な驚きがあります。
内部はというと、外観とは打って変わって昔のホテル風の内装で「世界観どうしたん?!」という感じです。
展示コンテンツとしてはお化け屋敷的な展示、トリックアート、障害者が描いた絵のギャラリー、謎のコスプレスポットなどまさにカオス。
客に何を訴え何を感じさせたいのか、造り手の意図が一切分かりません。
そして点在するくるみ割り人形で、忘れさせまいと定期的にドイツをアピールしてきます。
イメージとしては「撮影ポイントやコスプレスポットとかあれば客めっちゃきそうじゃない?」みたいなノリで作られた高校生の文化祭の超々巨大版って感じです。

趣きしかない(2回目)
そして館内はかなり広いにも関わらずエアコンがバチバチに効いていて寒さを感じることはありません。
電気代だけで1日5〜10万円は行ってそうだよねってレベルです。
基本的に僕たち含めて客側は「おおお…」と雰囲気に圧倒されつつ展示を眺める、といった感じで周回していました。
いざ石エリアへ
帰りは下り坂なので、あえてモノレールは使わず徒歩で麓の駐車場まで向かいます。
※我々の先にパパ活以外あり得ない年齢と雰囲気の男女ペアがいたのですが、パパ活で太陽公園???
そこから道を挟んで向かい側にある石エリアも覗いてみます。
さて石エリアはその名の通り、各国の文化を示す石像等が大量に陳列されており、城以上のカオス感が漂っています。

まず凱旋門を抜けるとモアイ像やアステカのなんとか像みたいなのが大量にお出迎えです。
更に進むと多数の小便小僧、自由の女神像、よく分からない石貨、太陽の門、そしてかの有名な兵馬俑のレプリカと感情を揺さぶられる展示が目白押しです。


エリア奥には万里の長城(数km分くらいある!)からの天安門からの大量の仏像や修行僧像。



途中からお腹いっぱい状態
そして各所に建てられている門口堅蔵氏の記念碑。
もはや石碑でスタンプラリーが開催できる勢いです。

気になるのは石エリアの周回路からやや外れた場所にある、草木が手入れされてないボッサボサのお寺展示です。
そのお寺の端(つまり石エリアの末端)に「門口◯◯」と書かれた青銅像がまるで隠されているかのように建てられていることです。
苗字からしても創始者である門口堅蔵氏の親族で、しかも当時に青銅像が作られるくらいのポジションにいた方なのでしょう。
にも関わらず窓際族のように公園の端に追いやられ、近くの草木の手入れすらされていない。
また数多くある石碑の文にも一切その名前が出てこないのは奇妙です。
個人的には仲の悪い(or 関係が悪化した)門口堅蔵氏の父親なのかな?と想像しますが、ネットには一切引っかかってこないので正体不明のままです。
不思議に思いつつも先に進むと、「南無妙法蓮華経」と書かれた石碑、天安門、ピラミッドなどが造られていて相変わらず世界観や宗教観が分からないまま時間だけが過ぎていきます。
なめくじ夫婦は次の予定もあったので万里の長城の途中で引き返してこの太陽公園を後にしましたが、色々情報を整理するとなんとなく見えてくるものがありました。
それを次で考察します。
太陽公園と門口堅蔵氏の考察
太陽公園は総工費40億円(1992年当時)を使った一大プロジェクトです。
調べた限り資産家でも無い門口堅蔵氏が、どこからこのお金を集めたかにまず興味が湧きます。
数年かけて開発し1992年オープンですので、融資とするならば1980年代から話は始まっていたでしょう。
日本のバブル景気は1986年12月からで1980年代末には地価の伸びが最高潮を迎えていました。
実際に付近の地価公示を調べると、1990年あたりから地価が1.2〜1.3倍程度に上昇しています。
なるほど、有り得なくはない。
1985年に融資話が始まったとしても、太陽グループは当時で7ヶ所の施設を所有しています。
日本がイケイケドンドンの雰囲気の中、不動産や事業資産もある程度所有しており、なおかつ行政との繋がりも持っている社会福祉法人が大プロジェクトをぶち上げた。
儲かる融資先を探していた当時の銀行が飛びついたというのは有り得る話です。
しかしそれならなぜ融資が貸し剥がされていないのかが不思議ですし、更に言えば素人のなめくじがひと目見ても赤字確定なのに、2009年での城エリア拡張(2エリア合わせて総工費100億円)まで漕ぎ着けられた理由も謎です。
実際に2012年?には太陽公園の経費を付け替えた結果、同グループの老人ホームが4億円の所得隠しと判断されて国税局から追徴課税を喰らったみたいです。
つまり太陽公園自体は経費が要らない=赤字経営ということが確定しています。
また太陽グループの令和4年度報告書では前年度公費が約8.7億円で、その令和3年度の決算報告では1,000万円弱の赤字となっています。
要はグループ全体として見ると、億単位の税金が注入されているのに太陽公園とグループ決算が赤字=姫路市民の税金で間接的に太陽公園が維持されているという図式となります。
なんでこんな社会福祉法人が行政から認可取り消しを受けたり、赤字施設(太陽公園)を閉鎖したりしないんですかね?
福祉グループとしてもはや潰せない規模だから、姫路市としては生かす方向になってるのかな??

考察すると謎が増える施設、それが太陽公園
さて、話は変わって門口堅蔵氏。
園内の大量にある石碑の一つに「敬愛する姫路市長から頂いた言葉云々」といった碑文を見つけました。
ほうほうなるほど、さすが当時の姫路市長と懇意にしていた訳ですね。
そして石碑自体も英文やドイツ文で彫られたものがあったり、途中から造るのが飽きたのか一語だけの物があったり、「こんなに石碑いる?」という疑問が拭えません。
門口堅蔵氏がエネルギッシュで狂信的で自己顕示欲が強い方なのは石碑を見ればすぐ分かります。
ただ、お金を集めるのは「技術」と言ったらしい門口氏が、自己顕示欲だけで太陽公園を造るとは思えませんし、飽きてもなお石碑を造る意味が分かりませんし、「遠出しにくい障害者や高齢者に海外旅行気分を味わってもらおうと整備した」なんて建前を鵜呑みにするほどなめくじは若くありません。
もちろん一つの野望として自分を頂点とする福祉都市を造るというのはあったでしょうが、太陽公園内の全ての違和感から”どうにか行政から真水を回収できないか”というニュアンスを感じてしまいます。
ビジネスとして太陽公園を成り立たせるならあんな素人作りにせずデザイナーに設計を依頼するでしょうし経営コンサルも入れるでしょう。
それをした気配もなく、また外観のみ城で内装がただの古臭いホテル仕様という点からも、「ドイツの古城再現」にこだわりを持ってるとは思えません。
また石エリアも”太陽”をテーマに世界中の石像のレプリカを作ってるのは何となく分かりますが、配置方法や景観としての完成度の低さ、世界観の無さから、やはり造り手としてのこだわりが見えなさ過ぎます。
ガワだけ作って中はがらんどう、そして維持管理された気配が無い、稼ぐ意欲も無いというチグハグさからは、「造ること」そのものに意味があったように思えてなりません。
でもどうやって…懇意にしてた姫路市長へのやり取りもバックであるはずだし…ルートが分からん。
それにあんな大量の石像をどこに発注したのか…?
例えば地元の石材店や資材屋に発注したら、当時は色々と自由が利きそうだな…
そんなことを悶々と考えあぐねながら石エリアを出たら、目の前には「◯◯石材」の巨大看板が!笑
そんな分かりやすいことは無いでしょうが、あまりのタイミングの良さに夫婦で笑ってしまいました。
いや、真相は本当に分からないんですけどね。
ただ太陽公園を通じて門口堅蔵という人間やその生き様にとても興味が湧いたのは事実です。
なぜ太陽公園を造ったのか。
本当の野望は何だったのか。
彼があと10年生きていたらどんな景色が姫路に広がっていたのか。
そして打ち棄てられたような同じ苗字の青銅像は誰なのか。
興味を持った方は姫路市の歴史館や図書館などで調べてみてください。
多分めちゃくちゃ面白いと思います。
とりあえずは1回は太陽公園へ行ってみましょうね。

ではまた次の記事でお会いしましょう